SYU-KATSU SPICES就活に役立つ話題集

シゴトビトの言葉学

[第4講] 赤武酒造・杜氏 古舘龍之介のコトバ

毎月1回開催の「しごとトークカフェ」。そこで社会人のゲストが語る、働き方、暮らし方、生き方とは?岩手で働く社会人たちからのメッセージを「シゴトビトの言葉学」として紹介します。

04‐title東京農大醸造科学科2年に進学する春、大槌町にある実家の造り酒屋が東日本大震災の津波で被災した。壊滅的な被害を受け、蔵元だった父親は盛岡市で酒蔵再建を決断する。被災から3年、卒業後の進路に迷いはなかった。「復活蔵で酒造りをする」。自分で選んだ道だった。

「盛岡がだめで東京に」

「岩手を代表する酒を」と意気込み、酒造りに没頭した。おいしい酒はできたものの、伝統ある酒蔵が多い盛岡ではなかなか営業結果はでなかった。「それなら東京で」。親子で決意し、首都圏の有名店を中心に飛び込みで売り込みを続けた。3年ほどたったころようやく手応えが。東京で売れ始めると、盛岡の酒店からも声がかかるように。学生時代、名の通った日本酒を飲みまくり、利き酒の全国チャンピオンにもなった。そんな“勉強”が飛び込み営業や今の酒造りで役立っている。

「蔵元は酒蔵に入れなかった」

祖父も父も蔵元だった。経営や販売、営業が仕事で、酒造りは杜氏が担った。職人気質の杜氏の中には「蔵元が現場に入ったら酒がまずくなる」と公言する者もいたという。父親はそんな伝統を「自社社員の酒造り」に変えようとしていた矢先、震災に遭った。従業員として盛岡の復活蔵を支えたのは酒造りを知らない20~30代の若者。若き杜氏は伝統にとらわれない酒造ができた。「社長の息子が帰ってきた」と当初は冷めた目で見られたものの、新たに立ち上げたブランド「AKABU」が全国新酒鑑評会などで賞を取ると、杜氏の情熱が従業員に伝わるようになり、一体感が生まれた。

「飲んでうまい酒を造りたい」

「飲んでうまい酒」を目指している。鑑評会では見た目と口に含んだ少量の酒で香りや味を鑑定し、酒は飲まずに吐き出す。「『飲む酒』と『吐く酒』は違う。赤武は飲んでうまい酒が目標」と断言する。「新しくやるには今までと違ったやり方が必要。時代についていかないと衰退する」と挑戦は続く。従業員は現在6人。季節雇用はほぼゼロ。8~17時の勤務時間と週休2日を守っている。「余裕を持って仕事をしてもらえないと、いい酒はできない」

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赤武酒造株式会社:
1896(明治29)年創業、大槌町で日本酒「浜娘」を製造していた。2011年3月の東日本大震災で酒蔵が津波で全壊、13年に盛岡市北飯岡に復活蔵を建て酒造りを再開した。現在の生産量は新ブランド「AKABU」3に対して「浜娘」が1。

古舘龍之介(ふるだて・りゅうのすけ)氏プロフィール:
2014年、東京農大醸造科学科卒。在学中、 全国利き酒大会のチャンピオンに。卒業後 22歳で赤武酒造の杜氏となり、 新ブランドAKABU(アカブ)を立ち上げ、平成27(2015)年酒造年度の全国新酒鑑評会で金賞を受賞した。25歳。

\古舘さんの言葉を聞いた、参加者のコメント/

  • 杜氏と聞いた時は古めかしいイメージだったけれど、話を聞くとそれは全然違っていた。震災後ゼロからのスタートで、これからを見据えた酒造りは、未来に向かって「新しいこと」を切り開いていくようで格好いいと思いました。
  • 酒造りの仕事はテレビで少し見たことがあるくらいだった。思っていたよりも奥が深くてとても楽しかったです。ぜひ日本一のお酒を造ってほしいと思いました。
  • 自分の仕事を天職だという人の話を初めて聞けて、とても興味深く学ばせてもらいました。

「しごとトークカフェ」は2010(平成22)年度にスタート。古舘さんは97人目のゲストでした。
過去の様子はジョブカフェいわての施設内に常設のDVDで閲覧できます。